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2004/09/05

手に入るもの入らないもの(食品編part2)

 東京などの都心に長いこと暮らして失われた感覚の一つが、季節や在庫や運送などの影響で、手に入るときと手にはいらないときがあるという、ごくごく当たり前の事実だろう。

 たとえば季節感。
 ダイコンは冬、ナスやきゅうりは夏、こういった当たり前の感覚が希薄になり、一年中、いつでもどこでも手に入る、そんなことになれてしまう。

 石垣島に来てまだたった2ヶ月だけどそんな当たり前のことを思い出させてくれた。

 きたばかりの7月の初旬は店にカツオが溢れていた。
 8月を迎えるとカツオはぐっと減り、季節が終わったことがわかる。シビマグロという小さなマグロ(種類は問わず小さいものをこういうのだと思う)が主になる。

 あるいは7月にはマンゴーやパイナップルが溢れていた。9月の声をきく今は早稲の沖縄のみかん(沖縄でみかんをつくっているなんてしらなかったよ)にとって変わる。
 フーロマメというさやの長さが40cmもある豆が7月はよく売っていた。今はまったく見かけなくなり、エンサイ(空芯菜)が棚を飾る。

 POS管理になれていつでも同じ数量が売っていると思い込んでいるのも、東京暮らしが長く、コンビニに慣れきっているせいだろう。
 当たり前だけれど、こちらには入荷の波がある。たとえ季節のものであっても、毎日、入荷するのではなく在庫が切れるとしばらくなかったりするのである。島産のものなら数日の波で住むけれど、那覇からフェリーで運んでくるものなどは、しばらく切れたり、それこそ、今年のように台風が続くと大きな入荷の波に翻弄されてしまうのである。
 はじめはそれがわからず、「どこそこで何々を売っている・売っていない」のみをチェックしたいたのだけれど、そんなことはなんの役にもたたない。
 「ほしいものを見つけたら躊躇せずに即買う。いつ品切れするかわからないのだから」
 それが鉄則なのである。

 どこでも同じものを同じように売っているわけではない、というのも東京暮らしの中で失ってしまった感覚かもしれない。

 たとえば僕の大好きな食材の一つであるオオタニワタリ。
 これはシダの仲間で、東京あたりでは観葉植物として売られている。この芽が独特の風味があって、テンプラよし、味噌いためよし、湯がいて和風ドレッシングよしの、なかなかの旨さなのである。
 ところが少なくともスーパーなどでは売っていない。公設市場前の露天商などでしか今のところ見つけられないのである。これなどは本来、買うものではなく自分で採ってくるものなのかもしれない。

 あるいは川平味噌。
 沖縄の食べ方としてンブシーというものがある。ナスやらゴーヤやらナーベラやらをラードで炒めてちょっと甘い味噌で煮込むのであるが、僕はこの味噌は川平味噌を使うのが一番旨いと思っているのである。しかしこの味噌もスーパーなどでは売っていない。川平の小さなお店まで行かないと手に入らないのである。

 そんなこんなの試行錯誤をしながら、八重山の旨いものを求める日々を過ごしているのである。

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