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2004/08/31

オイランハゼがウジャウジャ

 灯台もと暗しとはこのことを言うのであろうか?

 「底地ビーチにギンガハゼがいる」という話は前から聞いていた。
 ちょっと内湾っぽい環境で、砂地だし、「たしかにいるんだろうな」とは思っていた。でも、有名な海水浴場で混んでいそうだし、いるといってもシュノーケルですぐに見つけるのも難しいだろうな、とも思っていたのだった。

 潮が満ちた時間にチェックしにいったこともあったのだけど、海水浴場は「ハブクラゲ防止ネット」で100m四方程に囲われ、そこで、地元の子などがバシャバシャと騒ぎまくっているのをみて、とてもハゼがいるような気がせず、水面に顔もつけずに帰ったりしていたのであった。

 それでも、気になるものだから、大潮まじかの干潮時のある日、再度、チェックしにいってみた。
 遠浅の海水浴場は潮が引き、遥かかなたまで砂と藻場が混じった水底が露出している。
 「こりゃ駄目だ。こんなに引いちゃうならいないだろう。。。」なんてぶつぶつ言いながら、潮が引いた砂地をサンダルでソロソロと歩いてみる。すると、なんと、ハゼの巣らしき穴があちこちに開いているのである。
 浅いすり鉢状の砂のへこみの底に、バラスで補強された穴があるのである。
 これはどう見ても、ハゼの巣ではないか!

 ビーチ監視員をやっているお兄さんに恐る恐る聞いてみる。

 「あのぉ、つかぬことを伺いますが。。。」
 「この辺にギンガハゼがいるって聞いたんですけど。。。」

 真っ黒な顔をしたお兄さんは、ニカッと白い歯を見せ、

 「うん、いるよ」「うじゃうじゃいるよ」「オイランもいるよ」
 「え~っ、まじっすかぁ!!。どのへんですかねぇ?」
 「ハブクラゲ防止ネットのあたりにウジャウジャだよ!」
 「え~っ、マジッ、マジッ、マジィッ!!!」

 私は40歳をとうに超えた親父であるが、あまりの驚きにただの若造になってしまったのであった。

 それからは、潮汐表とにらめっこである。
 何をするのかというと、水深のチェックである。
 水がある程度の深さがないとハゼは穴からでてこない。かといって深すぎてもシュノーケリングでは撮影できない。それにある程度潮が動いていないと、ハゼの活動が活性化しないだろうし。。。

 そんなこんなで、潮が上げて、水深が基準面から1m前後になるころが適当だろうと考え、そんな日時を狙って、いざ海水浴場に向かったのであった。(注:基準面から1mというのは水深が1mという意ではございませんのであしからず)

 のぞいてみてビックリである。
 確かにうじゃうじゃである。
 オイランハゼ、ギンガハゼ、タカノハハゼ、ヒメシノビハゼ。
 なかでも、オイランとギンガはあちこちに顔をだし、お祭り状態。
 オイラン祭り、ギンガ祭り状態なのである。

 しかしまあ、子供たちがキャーキャー騒いでる海水浴場のその底にハゼがうじゃうじゃいるなんて、まさに驚きなのであった。

 写真のほうは今3っつ。
 透明度は悪いし、白地の砂はきらきら光るし、ハゼは常に警戒しているし、砂地は底につかまるものがないので、体が安定しにくいし。。。。。
 エビ入りだの、ヒレ全開だのの、それなりの写真が撮れるにはずいぶんと時間がかかりそうな難しさである。
 おかげで潮の干満と相談しながらしばらく楽しめそうな底地ビーチのハゼ祭りなのであった。
オイランハゼ

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2004/08/28

台風の後はキイロサンゴハゼ

 台風後に海に行った。
 いつものように米原ビーチである。
 台風で沖の水と入れ替わったらしく、水温がずいぶんと低くなっている。暖かい海水と冷たい海水が混じり、陽炎のように水中景観がユラユラと揺れる。
 枝サンゴもだいぶ折られたらしく、あちこちに転がっている。

 サンゴなどに寄り添うように生きていた幼魚の数がずいぶん減ったように感じる。
 波にさらわれて、大洋に旅に出たようだ。
 一方で、サンゴハゼなどサンゴとしっかり共生している生き物は変わらずに活動しているように見える。
 あの大波の中で、どうやってさらわれずに生き抜いたのだろう?

 今回の収穫はキイロサンゴハゼ。
 絶対いるに違いないと前から思っていたのだけれど、なかなか見つけられないでいた。
 コバンハゼがチョロチョロするサンゴの中に一匹だけそのかわいい姿を見せてくれた。
 相変わらず何かしら発見のある米原の海である。
キイロサンゴハゼ

 

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2004/08/26

台風にはまいった

 7月の安定した天気とは大違いで、八重山地方は、8月に入って、毎週、台風に見舞われている。
 「勘弁してよぉ」、「どうにかしてよぉ」、「こんなんじゃ、今月の借金払えないよぉ」という海関係者の声が洒落にならない今日この頃なのである。

 風の力ってすごいっすよぉ~。
 強風域に入った中、馬鹿みたいに御神岬に様子をみにいったんだけど、あっという間にメガネを飛ばされました。
 観光客の女の子なんて、なんとTシャツが捲くれあがって下着が丸見えになり、おまけにショートパンツが風でづり下がってあられもない格好に。。。。でも、あまりの風の強さにどうしようもないんですよねぇ。。。

 まあ、とにかく今回の台風17号はなかなかに凄かった。
 大型の強い台風であったことに加えて、速度が遅い、おまけにほぼ石垣島を直撃。おんなじ台風が来るのであっても進路とスピードは被害に大きく影響する。
 強風域に入ったときはあちこち車で出かける余裕もあったけれど、暴風域に入るとかなり世界が違ってくる。風の暴力度が明らかに違う。あまりに危険すぎてとても外には出られない。

 暴風域に入ってから抜けるまでに24時間以上かかった。
 強い風で、僕の住んでいる鉄筋3階建てのアパートがまるでウッドベースのようにブーンと底鳴りするんだけれど、1日以上もそんな音が続いていると、ほんとうにウンザリするし、ボディブローのように効いてきて、とてもとても疲れる。食料だって当然のことながら底をついてくる。停電なんぞしようものなら(石垣市では5000世帯以上が停電しました)冷蔵庫にためこんだものも駄目になってくる。
 台風が通過した後の吹き返しも結構効く。
 台風が通過するまでは、北よりの風が吹く。台風が上陸し目の中に入ると突然、風が止まる。そして通過すると南よりの猛烈な風が吹いていくる。「やっと上陸したか、あと、もう少しだな」と思っているところで延々と続く強い風は気持ち的に辛いものがあるのであった。

 そんな暴風域のなか、どうしても必要があって外出した。妻の友人が石垣島に遊びに来ており、ビジネスホテルに缶詰になってしまったため、おにぎり等炊き出しを届けにいったのだ。
 風がまともにあたる海沿いの道は、通行止めとなっていた。
 風が吹き抜ける路地では軽い軽い軽のワンボックスカーはブルブル震え「横転するのでは」とドキドキする。
 無事任務を完了したときには、ちょっと大げさだけど「ヤレヤレ」と胸をなでおろしたのでった。
 
 そんななか、個人的な被害は、メガネが風で飛ばされ無くしてしまっただけですんだ。
 近視と乱視に悩まされる僕としては困ったことではあるのだけれど、この程度の被害ですんでラッキーともいえよう。
 安定した海峡が恋しい最近なのである。
 

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2004/08/21

マングローブ林でシュノーケリング

 今回は汽水域のマングローブ林でシュノーケリングをしてみた。
 泥質地を好むハゼ、なかでもハゴロモハゼに出会えないかな、と期待したのである。

 汽水域とは海の水と川の水が交じり合うところである。マングローブ林は粘土質の泥がたまるような湿地帯に生育する。
 石垣島ではこのような環境として3箇所がよく知られている。
 アンパル宮良川河口吹通川河口である。

マングローブ林 このうち吹通川河口にいってみた。ここが一番上流部に農地や人家などの人工物が少ないからである。泥がたっぷりとたまる湿地帯だけに、汚濁にはちょっと神経質になってしまう。

 湿地帯のそばに車をとめシュノーケリングの準備をする。
 実に恥ずかしい。
 景色を眺めたり、蟹さんと遊んだりする人はいても、シュノーケリング、ましてやどでかい水中カメラのハウジングを抱えてドロドロの水のなかに入ろうとする人はいないのである。
 ちょっと危ない人になった気分である。

 マングローブの周囲は、水がにごり透明度は1m以下、水面にゴミが浮き、底には枯葉などが堆積している。ちょっとフィンで掻いてしまうと何も見えなくなる。底に手をつくと粘土質のネチッとした土が手にくっついてくる。
 「うぅ~、気持ち悪いぃ~!!」
 マングローブの気根の中に顔を突っ込んだりなどとてもする気になれないオドロオドロした環境なのであった。

タカノハハゼと共生エビ
 そんななか観察できたのはタカノハハゼと種名未確認のハゼの2種。ハゴロモハゼのハの字もないのであった。

名前がわからないのです

 「またいく?」と聞かれるとちょっと躊躇してしまうのだけれど、今回は下げ潮の時に入ったので、干潮後の上げ潮時に再度チャレンジするかもしれない。水ももう少し透明度が上がって観察しやすいかもしれないし。。。。

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2004/08/19

ヤシャハゼはなかなかうまくとれません

 水中写真初心者の自分にとって、どんな風に映っているかその仕上がりは常にドキドキもので、うまく映っていたときの喜びは筆舌に尽くしがたいものがある。
 もちろん、ワンダイブで数十カットを撮影しながら、そんなカットが数枚あるかないかなのかであるのだけれど。

 そんな技術レベルの僕であっても、初対面の被写体であるにもかかわらず、まるで天の啓示を受けたかのように(ちと大げさかな?)うまく映っている被写体もあれば、何度も撮影機会を得ながらちっともうまくいかない被写体もあり、「めぐりあわせ」とでもいうものを強く感じることがある。

 ヤシャハゼは、彼自身の赤のストライプがきれいなことや、共生するエビがまるでペアルックとでもいうように赤の縞が美しいランドールピストルシュリンプであることから人気の高いハゼの一つだろう。

 なぜか僕はこのハゼとは相性が悪いのである。
 撮影する機会は何度かあったのだけれど、いまだかつてまともにピントすらあわなかったのである。
 ちっとも寄ることができなかったのである。
 うまく撮影できたと思っても、カメラのセッティングがだめで、画像の解像度が低く、映像が使い物にならなかったりするのである。

ヤシャハゼとランドールピストルシュリンプ

 最近、やっと共生エビと一緒の姿をカメラに収めることができた。
 やっぱ海のなかの「赤」って光をあてるとほんときれいだなぁ。。。
 次のチャンスには、ヤシャハゼのペア&共生エビ、あるいはその巣を又借りしてしまうハナハゼと一緒の姿をうまく切り取りたいなぁ。

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2004/08/15

ルリホシスズメダイの幼魚

 「日本三大幼魚」などという言葉はもちろんない。
 でも、もしあるとすれば、以前紹介したクロスズメダイの幼魚とともに、ルリホシスズメダイの幼魚をはずすわけにはいかないだろう。
 幼魚ガイドブックでその姿をはじめ見たとき、僕は口をあんぐりあけて、これまた親と違ってずいぶんと綺麗なやっちゃなぁ、と呆然としたのであった。

 今日、遊びに行ったのは波照間。
 透明度とどこまでも続く白砂とブルーの海の水中景観と浮遊感を楽しみに訪れた海。
 まさかマクロの被写体に出会えるとは思わず、ちょっと油断してました。「波照間だろ」ということで、実はストロボのバッテリーをチェックしてなっかたのです。
 憧れのルリホシスズメダイの幼魚との出会いに「え”ぇ~!」と叫びつつ、その可愛くも腕白な姿にうっとりしつつもカメラを構えたのであるが、ストロボの発行量が落ちて露出がアンダーになるは、チャージタイムはかかりシャッターチャンスを逃すは、ほとんど発光しなくなるは、で、千才一隅のチャンスを逃したのであった。くぅ~。
 「備えよ常に」これはとてもとても大切なことだよなぁと実感した一日なのであった。

ルリホシスズメダイの幼魚

 写真の仔は大人になりかかっていてグリーンがくすんでしまっている。小さい子はもっと綺麗なんだよねぇ、グリーンが。来年は出会えるかなぁ。。。

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カンムリベラの幼魚

 台風明けの週末、米原海岸のシュノーケリングにでかけた。
 台風で海はどんな影響を受けたんだろう?

 出かけた時間帯が、新月の大潮の干潮時であまりいいコンディションでなかったんだけど、結構楽しむことができた。

 水面に顔をつけると予想以上に透明度の高いクリアーな水が広がる。台風でリーフ内の水がシェイクされて濁り水が希釈されたらしい。
 反面、幼魚の数はだいぶ減った感じがする。季節とともに大人になり巣立っていったという事情もあるのだろうけれども、流された魚も結構いたのではないだろうか?

 今回の新しい発見はハゼを観察できたことだ。
 前から、砂地性のハゼは結構いそうだな、と感じてはいたのだが、あんまり影をみることができないでいた。でも、今日は、元気に巣穴を彫る共生エビと見張りにたつヒメシノビハゼをしっかり観察することができた。
 そして、最大の収穫はカンムリベラの幼魚!
 実は7月に初めて米原に来たときから目にはしていたんだけど、なかなか撮影の機会には恵まれなかったんだ。こんかいは、たまたまノンビリ屋の幼魚がいて、カメラで捉えることができた。でもよく見ると、後方のオレンジの斑点がなり褐色がかっていて、大人になりつつあることがすごく感じられてしまうんだけどね。もう少し早く記録したかったなぁ。

ヒメシノビハゼと共生エビ

カンムリベラの幼魚

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2004/08/13

僕が石垣島を選んだ理由

 一口に南の島に住んでみたいと言っても、人により思い浮かべるイメージはさまざまだろうし、実際に住んでもいいなと思う条件もまちまちだろう。手付かずの自然に囲まれて自給自足したい人、十分な広さの畑を持ち静かに農業を営みたい人、近代的な設備で都会にいるのと同様に暮らしたい人。
 ダイビングを始めて、沖縄の島々を巡ったり、ミクロネシアの島々に遊びに行ったりしながら、僕も、自分が生活可能な島そこでのライフスタイルをあれやこれやと考えていた。
 僕は南の島にわざわざ住んでいったい何をしたいんだろう? 得られる快楽の代償をどこまで我慢できるんだろう?

 あまたある候補から、まず、海外は考えられなかった。バリ、セブ、サイパンなど、暖かく海がきれいな地域はたくさんある。物価も信じられないほど安いことがなんといっても魅力だし。この価格差を活用して充実した南国ライフを送る日本人も多いらしいし。
 でもね、僕は英語がとても苦手なのです。というか日本語をしゃべるにも難があってコミュニケーションのへたくそな僕が、海外で言葉と身振りを駆使してコミュニケーションするというのはとても考えられないのである。

 で、国内である。
 まず必要だと考えたのがある程度の利便性である。交通、病院、商店。生まれてこの方、世田谷、水戸、札幌、筑波、横須賀等の都市にしか住んだことのない僕にとってある程度の都市基盤がないというのはちょっとつらいのであった。妻もそれほど丈夫ではないので近くに病院がないところも躊躇されたし。それに南国ライフを求めてはいるけれど、自給自足とか原生的な自然環境とか、そういうワイルドなものを嗜好しているわけでもないし。
 そうなると奄美大島、沖縄本島、宮古島、石垣島といったあたりが選択肢になってくる。
 沖縄本島は、南部は都会過ぎる。かといって北部はちょっとワイルドすぎるかなぁ、と感じられた。
 奄美大島は、いいダイビングショップにめぐり合うことができず、海のよさを堪能することができず、通うきっかけを得られなかった。
 宮古島は、海は実に素晴らしいのだが、まっ平らな山のない島であり、森のようなボリュームのある緑が少ないことが僕の嗜好にあわなかった。
 その点、石垣島は、僕にとってはいろんなことがちょうどよかった。
 人口5万人近くが住み県立総合病院もある都市である一方で、車を10分も走らせれば自然の風景が広がる。美しい樹林に覆われた山のある風景は、海とはまた異なる魅力がある。水が豊富で、温暖な気候とも相俟って、年に3回もお米がとれる(そう、石垣米がちゃんと売っているのです。新鮮だからおいしいよ!!)。日本の南の交通の要所であり、竹富、黒島、西表島にはかかっても1時間、与那国や宮古も近い。台湾だってすぐである。もちろん海の懐は深いし。
 とまあ、自然性と利便性の調和のとれかたがちょうどよく思え、「いつか移住するならこの島」と思うようになったのだった。

 そんな風に狙いを定めてからは、少しづつ情報を集めはじめていたんだけど、とても役にたったのがインターネットの存在だった。もし、僕があと20歳年上で、あと10年早く石垣島移住を検討したとしたら、あまりの情報の少なさに挫折したに違いない。
 僕が検討を始めた数年前は、本島から移住した先輩方がちょぼちょぼとインターネット上に情報を提供し始めた時期だった。まずは、石垣島に移住し観光業を営む方のサイト。「あぁ、こんな風に実際に移住に成功した人がいるんだなぁ」と、ずいぶんと刺激された。そして南国応援隊。生活に根付いたとても具体的な情報は、可能性を検討する上でとても参考になった。ほかにもダイビングショップやエコツーリズムを始めた方のサイト、自費出版をする方のサイト等々、いろいろと刺激を得ることができた。これら情報発信してくれた移住の諸先輩方にはほんと感謝しているのである。
 こうしたネットの情報と、自分が毎年何度か通っては得た体験とを重ね合わせ、イメージを固めていく生活を何年も送り、「いつかは移住」の想いを心に秘めて日々を送っていたのであった。

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2004/08/10

石垣島移住計画は一年前に始まりました

 石垣島に越してきて一ヶ月が過ぎた。

 部屋を片付けたり、海にいったりと、島の生活に慣れ、楽しむのに夢中で、あっというまだったのだけど、「この一年もまたあっというまだったなぁ」と、夜、島酒(泡盛のことです)をのみながらシミジミ思ったりするのである。

 石垣島への移住を決意したのが、ちょうど一年ほど前のことだ。
 会社勤めから帰ってきた妻の一言「今度、うちの会社で早期退職をつのるみたい」。そこから我々は生活設計の舵を大きくきったのだった。

 「いつかは南の島で暮らしたい」
 リゾートダイバーの方々でそのように思う人は多いだろう。我々夫婦も同様で、「どうしたら実現できるだろうねぇ」なんて語りながら酒を飲んだりする日々を送っていたのである。
 僕自身としては、「実現できるのはだいぶ先のことだろうな」と思っていた。個人(フリー)で仕事をしていたのだけれど、食べれる程度は稼げていたし、妻も勤め先で頑張っていた。何より自己資金が不足しすぎていて、新たな一歩を踏み出すにはとても心もとない状態だった。
 ただ、移住するなら石垣島、向こうで生活するなら○○業(これについてはまた別途ご報告を)というところまでは、数年の間のいろいろなシミュレーション、妄想、そして子供のころからの夢で決めていて、ちょぼちょぼ資料を集めたり、ざっと費用を計算したりはしていたのであった。僕はなかなか叶いそうもない夢を抱えながら、それを癒しに石垣島にしつこく通っていたのである。

 そこに、妻の早期退職制度である。幸いにもなかなか恵まれた条件である。これを原資にすればなんとかなるかもしれない。
 「いっちょ、やったるかぁ!!」
 思っていた時期よりもちょっと早いような気もするけれど、ものごとは出会い、そしてタイミング。この機会を逃せば、今度、いつやってくるかもわからない。それに、体力・気力の低下を感じる今日この頃。新しいことをやるなら、できるだけ身体も心も若いうちがいいに決まっている。もう少したつと両親の介護の問題なども生じてきてそれこそ身動きがとれなくなる可能性もある。自分がリタイアメントの年齢になってから動くのが一番安全なことはわかるけれど、とてもそこまで待てないし。。。
 私は理屈っぽい人間なので、まあ、いろいろ屁理屈をつけての心の整理を行った。
 こうして我々の石垣島移住計画は、思いもかけない妻の早期退職制度をきっかけに実行段階に移ったのであった。

 まず、最初にやったことは経費の算出と資金計画である。
 ついで、スケジュールの設定である。石垣島に移住する時期は? そのための準備期間はどれくらい? いつから現地に通う? 等々。一方で、東京での生活をどのような順番でクローズするかも重要である。僕のいままでの商売も、いきなり畳むわけにはいかない。それなりの手順を踏む必要がある。そんなことをスケジューリングしたのであった。

 と、話を進めていく、障害も生じてくる。

 まず、最初に立ちはだかったのが、なんと、本計画の大前提である早期退職制度であった。
 希望者が殺到し、希望者全員を退職させるわけにはいかないというのである。最初に対象年齢が引き上げられた。妻は幸いにもクリアーした。ついで、上司の面接があるという。最後は上司の判断をもとに人事が決めるらしい。
 「まじぃ!!」。
 冗談ではない、すでに心は南の島なのである。人生の大転換ともいえる決心をしてしまったのである。おまけに僕は自分の商売をたたむための布石を打ち始めていたのである。いまさら元に戻るわけにもいかないのである。

 妻の退職が決まるまでの一ヶ月、我々はヒリヒリするような日々を送った。今となってはいい思い出であるが、当時はとても笑えるような心境ではないのであった。

 そして、心を砕いたのが、親類縁者の理解を得ることであった。
 実をいうと、我々は、「石垣島に骨を埋めて」というような重~い決意はないのである。人生に失敗はつきもの。うまくいかなかったら、また、東京に戻ってやり直せばいいさぁ、というような、とてもとても軽く、そして、いい加減な気持ちで今回の舵をきったのである。
 戻ってくるためには周りの理解がいる。
 親兄弟、親類縁者を敵に回して、あるいは、断絶して移住するなんてことは毛頭考えられないのである。
 これは、なかなかに大変であった。
 「あんた、気でも狂ったのか???」
 こんな反応もごもっともである。私も我ながらそう思う。
 南の島が好きならば、東京でがっぽり稼いで遊びに行けばよいではないか? 生活も軌道にのり、仕事も油が乗ってきた40代。それをなげうってまでやるとは何なのか? 年金制度だって破綻しかねない昨今、そんなリスクをとってあんた老後をどうするのか?

 申し訳ございません。昔はやったテレビドラマではないが、深々と頭を下げ、時間をかけて、自分たちの想いを何度も何度も語るしかないのであった。

 そんなこんなで、決心してからの半年が粛々と進んだのであった。

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2004/08/05

スジクロユリハゼ。。。

 先日も書いたように僕はけしてレアモノハンターではない。ないんじゃないかな?。多分そうじゃないと思う。。。

 しかしながら、このように美しく、このように観察することが困難なスジクロユリハゼのような魚を紹介されてしまうと、その前から離れることができない僕はやはり病気なのだろう。。
 しかし、なんていう美しさなのだろう。言葉を失うとはまさにこの魚のためにあるのではないだろうか。。。
スジクロユリハゼ

 こんな美しい被写体を前にして、実は我がD100はローパスフィルターの汚れが許容範囲を超える段階まできてしまっている。この島ではクリーニングしてくれるサービスステーションもないし。この写真は取り急ぎフォトショップで黒く汚いポチポチを消したもの。
 これからどうしようと頭を悩ましているところである。。。

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2004/08/03

透明度40mの世界

 久しぶりに大型クルーザーで波照間にダイビングにいった。

 透明度40m超。
 限りなく透明に近いブルーの世界である。

 普段、私は川平の懇意にしているダイビングショップで潜っている。
 そこはホスピタリティ、魚や海への好奇心いずれも充実し、常に満足度を高いダイビングを提供してくれる。
 とはいえ、そこは人のやること。弱点もある。
 何かというと「黒い」のである。船全体が私のようなアンティスのハウジングに黒のスキンのスーツに身を包んだ男ども(え~、女性の方もいるのですが、印象的な表現ということで、ポリポリ。。)ばかりなのであり、キャピキャピとかルンルンなどという擬態語とはとてもとても遠い世界なのである。
(注:そのショップの名誉のために付け加えるならば、それは船割の結果であり、私が乗船する船の様子であり、ショップ全体が黒いわけではけしてありませんので念のため)

 今回の大型クルーザーのダイビングでは、これとは対照的に「桃色」であった。
 女性率がむちゃくちゃ高い。
 船の上では甲高い嬌声と、露出度の高い水着、鮮やかなウェットスーツに満ち溢れ、これぞ正しいリゾートダイビングと呼ぶにふさわしい光景が広がるのであった。

 そしてポイントは波照間。
 透明度を誇る海。
 真っ白な砂浜の水底、そこに映るダイビングする自分の影、根にグッチャリと群れるお魚たち。

 そんな感動的な風景のなかで、自分は何をしているかというと、ハナダイギンポのマクロを撮っていたりするのである。
ハナダイギンポ
 ハナダイギンポは、ハナダイの群れにまぎれてニョロニョロ泳ぐ、赤くて美しいギンポである。とはいえ、ギンポはギンポであり、俺は風景とは関係ないもんね、という感じで穴の中に潜りこんでいたりする。

 いくらワイドの機材を持っていないとはいえ、桃色の船に乗り、感動的な美しい風景のなかで、ギンポの穴の前に張り付いて写真を取り捲る自分をさすがにあほらしく感じた一日なのであった。。。

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2004/08/01

フタイロサンゴハゼ

 今日は大潮。
 潮の干満が激しくて、シュノーケリング&撮影には大いに気を使う日です。
 干潮時の昼ごろには、インナーリーフの多くが露出し、潮干狩りや蛸とりなど磯の遊びやハンティングで賑わうときでもあります。
 僕が、今通っている米原の枝サンゴ地帯はとても水深が浅いので、大潮の干潮時には人が入ることができません。
 ということで、今日は、景勝地で有名な御神崎の手前にあるビーチにいってみました。

 入ってみると藻場が広がり、ところでこにサンゴの根が。
 環境の違いから、「米原とはまた違った魚がみれそうだな」といいつつ、魚影が薄く、しばらくよい撮影ポイントを見つけることができません。
 「今日はだめかな?」なんて帰ろうと思って、ふと目の前の枝状ミドリイシに目をやると、薄いオレンジの小さな物体がちらちらしているのが目にとまります。
 そう、フタイロサンゴハゼがついている小さなサンゴを見つけることができたのでした。
 あとはひたすら、シャッターを押すべし、押すべし、押すべし。。。

 今日も楽しい海ライフ、ありがとうございました。
フタイロサンゴハゼ

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